お相手の女性は三省堂という出版社に勤務する女性だ。身持ちのかたい女性で、間違ってもブルセラをやるようなタイプではないらしい。彼女の父親は高名な東大の教授だそうだ。
さんざんブルセラを擁護してきたかのように見える、宮台信司が選んだ女性は拍子抜けするほど手堅いものだった。似たものどうしの結婚という印象を受ける。
96年、97年あたりだったかなあ。援助交際とブルセラが大ブームだったのは。雑誌のSPA!とか、深夜番組のトゥナイト2とかはこぞってこの問題をとりあげ、売り上げと視聴率を伸ばしたものだ。うわついた時代だった。
同時期に同じくブルセラで気を吐いたひとがいた。藤井良樹というライターである。当時のブルセラ言論市場は、宮台&藤井が独占していたといっていい。それだけ彼らは活躍していた。
ただ2人が語るブルセラの女子高生は全く違う人種だった。
藤井良樹が語る女子高生は、偏差値が低く、家庭には問題があり、昔ながらの不良少女としてのブルセラだった。
ところが宮台信司の語るブルセラ女子高生は、偏差値が高く、家庭には問題はない、だが精神的に不安定で自傷行為としてブルセラをやってるという人種だったのだ。
両者は全くの別物だ。同じブルセラというフィールドにいても、性格が全く違うのである。
なんでこんな違いが生まれたかというと、宮台と藤井のキャラの違いによるところが多いと思う。
宮台は偏差値が高いエリートとして育ったから、ブルセラを取材してても意気投合するのは同じく偏差値が高めの女のコだったのだろう。
逆に藤井は高校中退だったとかで、根っからのアウトロー。ブルセラで気が合う女といえば、やはり同じく偏差値低めの不良少女だったのではなかろうか。
ブルセラを語る男たちのキャラの違いが、彼らが語るブルセラ娘のキャラの違いにつながったのだと思う。
結局、宮台信司がテレクラなどにハマったのは、それがインテリ左翼の反抗期だったにすぎないだろう。大体は20歳を過ぎたら終わるのだが、彼は30歳を過ぎても続けていた。それゆえに学者としては異色で、それゆえに世間に届く著作をものにする結果となった。彼は間違いなく輝いていたのだ。
最終的に桜井亜美を伴侶に選ばなかったのも、なんとなく運命的な気がする。頭はキレるがたぶん学校の勉強は苦手で、才覚で世の中を渡っていくタイプが桜井のような気がするのである。
桜井亜美は雑誌のAERAでライターをやっていて、小説も書く女性だ。だが作品を読むと文学的な素養はない。機を見るに敏なライターが、マームティングがんばって美味しいところをつまみ食いした印象がある。
才覚はあるが、どこか危なっかしいところがある女性を彼は選ばなかったわけだ。
最終的な女性の好みはといえば、前述したようにガチガチの保守的なものだった。宮台信司の反抗期は終わってしまったように見える。放蕩息子の帰還というやつだ。
残念である。

